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東京高等裁判所 昭和29年(ラ)327号 決定 1954年11月29日

抗告人(申請人) 王子百貨店労働組合 外五七名

相手方(被申請人) 株式会社王子百貨店

主文

本件抗告はいずれもこれを棄却する。

抗告費用は抗告人等の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨並びに理由は別紙抗告状に記載してあるとおりである。

よつて按ずるに、

一、本件記録によれば原決定がその理由中(原決定六枚目表十一行目から同八枚目裏末行まで)において説示しているように、相手方会社は昭和二十七年六月百貨店として営業を開始したものの極度の営業不振の結果、千葉銀行からの融資の望みも断たれて引き続きその営業を継続することを断念せざるを得なくなり、又白木屋に対する営業譲渡も見込がなかつた結果、万策つきて右営業を廃止するの外なきに至り、昭和二十八年七月二十五日営業の閉鎖を宣言すると共に抗告人等(但し抗告人王子百貨店労働組合を除く。)を含む全従業員の解雇を通告するに至つたものであつて、もとより相手方会社において全従業員を解雇するためにとつた仮装の閉鎖でないことが認められる。尤も同年七月二日相手方会社において従業員光山松雄外二名を解雇したことから、同人等において右解雇を不当として裁判上の手段に訴える一方、労働組合の結成を企てて種々活動を開始し、従業員の中にもこれに同調するものも出て来た結果、その労使間に円満を欠くに至つたこと及び同月二十五日右労働組合の結成大会の直前において相手方会社が前記のように閉鎖宣言をなしたものであることは記録上明らかであるが、それは同年二月頃から相手方会社の経営に参加していた千葉銀行並びに営業の技術的援助をしていた奈良屋が同年六月手を引いてしまつた後においても相手方会社の社長鈴木仙八はなおも千葉銀行からの融資に望を託して独力経営にあたつて来たところ、千葉銀行は相手方会社の営業状態や光山松雄等解雇後の労使間の関係等から遂にその融資を拒絶し、又白木屋においても同様相手方会社の営業譲渡を受けることを承諾しなかつたので、相手方会社としては営業を継続する途が全くなくなつた結果已むを得ずしてなした営業の閉鎖であつて、光山松雄等及び従業員の前記労働組合結成に関する活動によつてその営業閉鎖の時期が早められた結果になつたということは言えるかも知れないが、右組合活動を阻止するため或は営業を閉鎖することにより右組合活動が終熄することを希望ないし期待して、相手方会社において前記営業の閉鎖をなしたものとは認められないから、右営業閉鎖、全従業員の解雇通告をもつて不当労働行為として無効であるということはできない。

又本件記録によれば、相手方会社が抗告人等(但し、抗告人王子百貨店労働組合を除く。)を含む全従業員に対し解雇通告をなすにあたり、労働基準法第二十条に定める予告ないしは平均賃金の支払をしなかつたことは明らかであるが、(尤も疎明によれば相手方会社は同年十二月末日までに全従業員に対し三十日分の平均賃金を提供した事実が認められる。)たとえ解雇通告にあたり、右予告ないしは平均賃金の支払がなくても、使用者の意思が即時解雇を固執する趣旨でないかぎり、三十日の経過によつてその解雇の効力が発生するものと解すべきところ、相手方会社において即時解雇を固執する趣旨であると認むべき資料がなく、相手方会社のなした前記解雇の通告(意思表示)の時から既に三十日以上を経過したことの明らかな本件においては、その解雇の効力は既に発生し抗告人等(但し、抗告人王子百貨店労働組合を除く、)は相手方会社の従業員たる地位を失つたものといわなければならない(もとより解雇された従業員は相手方会社に対する前記平均賃金の支払請求を失うものではない。)従つて本件解雇の意思表示は無効とはいえないから、本件仮処分の申請は失当である。

抗告人等の主張するところはいずれも独自の見解に立脚するもので到底採用できない。

二、抗告人王子百貨店労働組合の申請については原決定理由(原決定九枚目裏六行目から十五行目まで)と同一の理由によつて不適法と考えられるから該説示部分を引用する。

然らば原決定は相当であつて本件抗告はいずれも理由がないからこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本泰)

(別紙)

抗告状

抗告の趣旨

原決定を取消す。

相手方が昭和二十八年七月二十五日抗告人王子百貨店労働組合を除くその余の抗告人らに対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

という趣旨の裁判を求める。

抗告の理由

第一点

一、原決定は一方において「被申請人会社が右のように閉鎖宣言をするに至つた動機の一つは被申請人会社の意に副わない労働組合が結成されようとするにあつたことは推測するに難くない」といつておきながら、相手方会社の経営不振の事情を縷々述べた上「以上の経過によつてみるに、被申請人会社が申請人ら従業員を解雇したのは、百貨店の経営が不可能となり、百貨店営業を廃止しなければならなくなつたがためであつて、申請人ら従業員の組合活動の故になされたものでないことが明かであるから、その解雇を目して不当労働行為であるとして、これを無効とすることのできないことはいうまでもない。」といい、明らかに前後矛盾した判断を行つている。

二、すなわち、原決定の事実認定によれば、相手方会社が抗告人ら従業員を解雇した理由は明らかに次の二つが競合しているのである。

(1) 抗告人ら従業員の労働組合活動

(2) 百貨店営業の継続不能

換言すれば、原審は相手方の本件閉鎖宣言は本件解雇を合理化するための偽装であつて、真実は抗告人ら従業員の本件労働組合活動を妨害するためであるという抗告人らの主張を排斥した上で、以上の二つを本件解雇の理由として認めたのである。

三、従つて、かかる認定事実において、果して本件のような解雇を不当労働行為と認むべきか否かが、重要な問題となるのであるにかかわらず、原審は思いをここに致すことなく、漫然と不当労働行為にならないという結論だけを導き出し、なぜそのような結論が導き出されなければならないかの理論的説明を省いているのである。

四、われわれは、かりに百万歩を譲り本件閉鎖が偽装のものでないとの原審の認定に従うと仮定しても、いやしくもその閉鎖従つて本件解雇の理由が単に営業不振だけでなく抗告人ら従業員の労働組合活動もまたその重要な原因であつたということが認められる以上、当然本件解雇は不当労働行為であつて無効と認められなければならないものと考える。けだし、もしそうでないとするならば、使用者側は不当解雇を行うに当りつねに企業整備その他事業経営上の理由を附加し、組合活動の外に他の解雇理由を競合せしめることができ、かくして憲法ならびに労働組合法の保障する労働基本権は完全に骨抜きとされてしまうおそれがあるからである。

五、本件においては労働組合活動以外の理由とされた理由が百貨店営業自体の廃止というような企業経営上の決定的事由であるために、原審は、労働者側では法律的に介入のできないような経営上の決定権に基く措置のもつ現実的な力に圧倒され、もはやこうなつた以上、法律はこれを阻止する力がないものと速断し、本件解雇の効力を否認することができないもののような錯覚に陥つたものといわざるを得ない。

六、しかしながら、本質的に問題を解明するならば、企業の部分的な整理であろうと、企業の全部的な廃止であろうとを問わず、いやしくも労働者を解雇する理由が純粹に経営上の都合のみによるのではなく、労働組合活動もまたその原因とされている以上その取扱を整理と廃止とによつて区別すべき何らの合理的根拠を見出すことができない。

第二点

一、原審は本件閉鎖は偽装でないと認定しているが、紛争継続中における相手方の主張ないし行動のみをみて、相手方はもはや百貨店営業を継続する意志をもつていないと速断することは誤りである。果して、現実に相手方が百貨店営業を廃止する意図の下に現在のような状態を続けているのか、それとも紛争を自己に有利に解決しようとして、偽装しているかは時の経過に応ずる相手方の態度の変化を具さに観察しなければいずれとも判断できがたいところである。

二、而して、相手方は内心において依然百貨店営業に対する希望を捨てず、本件紛争が終熄した後には徐ろに、新しく従業員を雇入れ従前通り百貨店営業を再開しようとしていることは、諸般の状況からみて決してあり得ないこととはいえないのである。

この点においても原審の認定は誤りである。

第三点

一、原審は相手方が即時解雇を固執する趣旨とは認めがたいから、予告をしなかつたことも、予告手当を提供しなかつたことも、本件解雇の効力を左右する原因とはならないと判断している。

二、しかしながら、予告ないし予告手当なしの即時解雇は特別の例外の場合を除き、使用者側における善意・悪意の別なく明らかに労働基準法に違背した行為であつて、公秩良俗に反し無効とされなければならないものである。しかるに、原審は、使用者側がそれを「固執」するか否かによつて、無効ともなり、また有効ともなるという特異の解釈を行つているのであつて、もしかかる曖昧な事実によつて、その効力の有無を決するということになれば、労働基準法の規定は全く有名無実なものとならざるを得ないのであつて、不合理といわなければならない。

三、尤も原審は「本件解雇の効力発生時期ついては問題はあるとしても」云々といい、予告なしの解雇または予告手当の提供なき解雇の効力発生時期は意思表示のときではなく、三十日を経過したときであるといわざるを得なくなつている。しかしながら、もしもそうだとするならば、意思表示と同時に解雇の効力が発生したものとして、被解雇者に対する従業員としての待遇を中止する行為は明らかに違法といわなければならない。

四、本件においては当事者双方の主張ならびに疎明によつても明らかなように、相手方は抗告人らに対し解雇通告と同時に職場への出入を禁止し、また賃金の支払をもなさないのであつて、原審のいうように意思表示そのものは有効であつて、その効力発生時期が三十日経過後であるという議論に従うとしても、明白に違法といわなければならない。

五、もし、かかる違法な措置が法律手続によつて速かに禁止されるならば、或はかかる解釈をとつても、労働者に対し不利益であるとばかり断ずることはできないかも知れないが、実際問題として本件申請の取扱が如実に物語つているように、かかることは期待し得ない実情である。その実情は改善できると仮定しても、そのような法律手続を求めるために労働者側の蒙むる精神的・物質的な損害は甚大である。かくて、もしかかる解釈が許されるとするならば、使用者側は不当解雇に対する労働者側の抗争を主として経済的な面から封殺するために、予告ないし予告手当なしの即時解雇を強行することとなるであろう。

六、果して然らば、本件のような解雇の意思表示そのものを無効とすべきであつて、三十日の経過によつて、または後日予告手当を提供することによつて、前記のような違法な措置が合法化することとなるような原審の解釈は許さるべきではない。

第四点

一、原審は本件抗告人組合の申請は当事者適格を欠くと判断しているが、抗告人労働組合は相手方の従業員たる地位を有する者によつて組成されているのであるから、その組合員が組合員たる資格を有するか否かは組合にとつて重大な利害関係をもつ問題である。

二、従つて、抗告人組合がその所属組合員たる抗告人ら従業員の地位の確認ならびに保全を求めるにつき法律上の利益を有していることは、特段の事由がなくとも自ら明白である。 以上

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